from heart beat

観たものについて書いたり書かなかったりします。

スルース~探偵~ 感想

面白かったです!
初日の前日(1月7日)に緊急事態宣言が発令されたんですが、外の世界で起きていることをこの2時間だけは忘れられました。上手い芝居を見ると元気になれる。

ネタバレありなのでご注意ください。

あらすじ

著名な推理小説家アンドリュー・ワイク(吉田鋼太郎)は、妻の浮気相手であるマイロ・ティンドル(柿澤勇人)を自身の邸宅に呼び出す。不倫ヘの追及を受けるものだと思っていたティンドルに対し、ワイクは意外にも、「妻の浪費家ぶりには困っている」、「自分にも愛人がいる」と切り出す。さらにワイクはティンドルに、自宅の金庫に眠る高価な宝石を盗み出してほしいと提案する。そうすることでティンドルは宝石とワイクの妻を手に入れ、ワイクは宝石にかかっている保険金を受け取り愛人と幸せに暮らすことができるのだ、と。提案に乗ったティンドルは、泥棒に扮しワイクの屋敷に侵入するが…

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ざっくり感想

インタビューや動画でお二人が言っていたように、柿澤勇人全部乗せでした。これまでに見たことのある、柿澤さんが演じた役の要素全部混ぜて煮詰めて磨いて尖らせたやつ。日本で今この作品やるのに最適のキャスティングだったのでは、ってぐらいはまり役だったと思います、二人とも。
見せてない部分がないんじゃないか?ってぐらい柿澤無双だった。
そして、それをコントロールして引き立てつつ自分もしっかり決める鋼太郎さんもさすがでした。柿澤さんを「狂犬」と称するぐらいだから、鋼太郎さんこういう役の柿澤さんと対峙してさぞ楽しかっただろうな~と想像してしまうぐらい芝居してて楽しそうに見えた。


アンドリューとマイロの対比

清々しいほどに真逆な二人だった。雑に言ってしまうと、古い価値観vs.新しい価値観かなあ。私が感じた要素を書き出しました。

アンドリュー マイロ
金持ち 金に困っている
成功した推理小説 起業したばかり
イギリス人 イタリア系移民
老い(初老ぐらい?) 若い
貴族社会や特権階級への憧れ 愛や思いやりを大切にする
(老化による?)性的不全 健康で美しい体
物質的豊かさ 精神的豊かさ

 

アンドリューがものすごい差別野郎で、ウヘエと思いながら見てました。(そこに自覚的な作品だったから、作品そのものへの嫌悪感は特に抱かなかった。)
マイロを傷つけるために、わざと「ティンドリーニ」とイタリア読みの姓で呼びかけたり、保険金詐欺を持ちかけるも怪しまれたらカタコトの話し方になったり。これは外国人商人は胡散臭いものだというステレオタイプを指してるんだろうな。手を変え品を変えマイロを貶めるそのモチベーションは嫉妬ですよね。若さとか男性的魅力といった、人間に平等に訪れる衰えを受け入れられないから、ルーツや階級で殴ってくる。悪いやつだな~…。

ガツガツマウントを取るアンドリューに対して、マーガリート(アンドリューの妻)と自分は愛し合っている、結婚してシンプルな愛の生活を送るんだと話すマイロが健気で…。金も地位も今はないけれど、愛する人との生活があれば幸せ。「シンプルな愛の生活です」と満足げに語る表情がめちゃめちゃかわいかった。徹底的に侮辱され死の恐怖を味わったマイロは2幕で加虐性むき出しになって人が変わってしまうけど、1幕の時点では素直で純真な心を持ってるんですよね。

アンドリューは「君(マイロ)と妻が結婚することにはまったく賛成なんだ」と言うんだけど、結局は移民が自分の持ち物(アンドリューは妻を「自分の物」だと言っている)に手を出すのが許せないんだろうな。強い男性として、生まれたときからイギリスにいるイギリス人として。

 

演出

ワイク邸はリモコンで照明や音楽を操作することができるんですけど、このリモコンを操作している方が、その場の関係性においても優位に立っているのが面白かったです。1幕は勝ちを収めるアンドリューしかリモコンに触っていない。2幕は、アンドリューに謎解きを仕掛け追い詰める場面でマイロがリモコンを操作し、BGMを流してました。

あと衣装も気になった。これは素人目なんですけど、アンドリューの方がイタリア人っぽい着こなしをしていたような気がして。自分の家だから、リラックスして柔らかい生地のスーツだったのかもしれないけど。シャツのボタンを開けて、光沢のあるスーツに足元は裸足+革靴だったんですよね~裸足に革靴ってどうなの?
マイロくんの衣装は一見普通のスーツなんだけど、光が当たると総柄が浮かぶ生地で、絶妙なチャラさが表れてた。

 

その他考えたことチラホラ

アンドリューが書いている新作の小説「テニスコート殺人事件」のトリックがまあ~~トンチキで、思わず笑っちゃいましたね。犯人は元プロのバレエダンサーだから、遺体を抱えてテニスコートの白線の上を歩き、足跡ひとつ残さずに遺体をコートの中央に置くことができたって…状況想像するとマヌケすぎでは?そんな犯人嫌だ。アンドリューは有名な推理小説家「だった」けど、今はだいぶ落ち目なんじゃないかな。過去の栄光にしがみつくアンドリューが滑稽に見えた。

1幕で散々マイロを馬鹿にしていたのに、最終的にはマイロに縋り付き「ここで一緒に暮らして、ずっと推理ゲームをして過ごそう!君は私が認めた初めての相手だ!」と、汗で顔をびしゃびしゃにして、つばを飛ばしながら、紳士らしさの欠片もなく叫ぶアンドリュー。当たり前にマイロくんには断られます。
いや、わかる。「ざまあwww」と草生やしたくなるのはわかるんだけど、鋼太郎さんの芝居はそれ「だけ」だと観客に切り捨てさせないんですよ。
仕事でどんな功績を残しても、どれだけ家が大きくても、どれだけ物質的に豊かでも、人は孤独に勝てない。理解してほしい、わかってほしいという欲望の前にはプライドも捨てる。人間はどこまでいっても愛が欲しい。通じ合える他者を欲しがる面倒くささ。そういうの全部が痛々しくて、でも決して同情はさせない…例えばアンドリューが「かわいそうな老人」として同情されてしまうと、作品のスリリングさが薄れてしまうから。嫌悪感との絶妙なバランスが素晴らしかったです。

老いによって仕事や体力の限界を感じたら、適度なところまでペースを落とすなり、やることの質を変えるなりして、現実との落とし所を見つけるのが理想だけど、そう簡単にはいかないですよね人間〜〜。若くて元気で、全てが思い通りになっていたあの頃を基準にして、まだその地位にいられるはずだと頑固になっちゃう。受け入れられない間に一人になって、孤独を見ないふりして、そんなときに、自分と同類の「気高いミステリ」を読み解く素質のある人間が現れたら、そりゃあ喜んじゃうよなーーー。こういう理性じゃどうにもならない人間の性の説得力がものすごかった。


めちゃくちゃ面白い戯曲だし、役者によって全然変わってくると思うので、スリルミーみたいに複数ペアで長期間上演して見比べたいと思った!個人的にはアンドリュー:岸谷五朗さん、マイロ:水田航生くんで見たいです。絶対面白い。

柿澤さんを見るつもりで行ったのに鋼太郎さんの感想が多くなってしまった。