from heart beat

観たものについて書いたり書かなかったりします。

2023年のミュージカル「RENT」

Twitterが騒がしいですが、長文の形で残したい感想は変わらずここで書いていくつもりです。
上半期のまとめをしたくて記事を書いていたんだけど、特に今年はRENTに触れずに振り返ることはできないなと思って。RENTの感想は自分の結構深いところまで語らざるを得なくて、ほぼ完成まで仕上げたところで、これは表に出さなくてもいいかなと考え直しちゃって寝かせてあったんですよね。でもいい機会だし、これならまあと思える程度に所々調整してみました。なので自分語り多めでやや長いです。

 

 

作品全体について

RENTは2015年以降上演される度に最低1回は見てるんだけど、今年はこれまでとは違う特別な年だった。2020年の公演中止からの待望の復活だったり、「Over The Moon」でマスク着用なら声出し可になったりだとかっていう環境的なものだけでなく、カンパニーが成熟して、それが作品にしっかり反映されていたように感じた。偉そうだけど、日本上演のRENTが円熟期に来たなと思った。

これまでのRENTの観劇体験は、ミュージカルというより「ストーリーのあるショー」を見ている感覚だった。この「ショーっぽいな」という気持ちも、2023年版を見て過去公演を改めて振り返ったからこそ抱いたもので、リアルタイムで見ていた当時はむしろショーらしさを期待して楽しんでいた部分があったかもしれない。
でも知らぬ間に心の奥に沈殿していたこのぐるぐるした思いに、2023年版の観劇で初めて気付き、そしてそれを解消することができた。私はずっと、芝居としてRENTを見たくて、そして今回初めて、RENTを芝居として見てもいいんだ!と自分の視点を受け入れ、受け止めることができた。これはすごく大きな変化だった。

作品に関連するインタビューを読むと、RENTって「嘘がない」とか「生っぽい」「リアル」みたいな言葉で語られることが多いんですよね。

mdpr.jp

ranran-entame.com

(これは超個人的な意見として聞いてほしいんだけど)芝居は嘘の上に成り立つもので、私は嘘が本当になる瞬間を味わいたくて劇場に行っている自覚がある。だから、本当になるようにやる意気込みはとても好きだけど、最初から「これは本当です」の姿勢で来られると、そうだけどそうじゃないんだよなーと、作品と自分の間の溝として認識してしまってたんだと思う。私が劇場での観劇体験に求めるものと、RENTの軸となる精神性みたいなものの相性が元から少し悪かったのかもしれない。
もちろん、自分が過去に見てきたRENTに対して「あれは芝居じゃねえ~~!」と怒り狂う気は全くない。これは私が作品にどう向き合うかの話だし、過去のRENTがあったからこそ今分かることがある。こうして認識を改めたからといって過去公演で感じた感動や熱量は汚されないので、こんな語った後だけど、これまでも良かったし今年も良かったなーってところにやっぱり着地する。

で、そんな芝居らしさを2023年版に見出だせたのは、やっぱりキャストの個性のおかげだったかなあと思っていまして。特に芝居としての流れを感じたのは平間マーク・甲斐ロジャー・八木ミミ・百名エンジェルがいる回。

 

マーク/平間壮一

平間マークは、マークとしてステージで生きながら、時間を刻んで進める役割においてはとてもフラットで、他者との壁を意識させる佇まいだったのが印象深い。
時間は平等に与えられている。リミットが近いから焦る人、今を楽しみたい人、残り短い人生を少しでも長く愛する人と過ごしたい人、いろんな人がいる。健康なマークの時間もみんなと平等に進む。そしてマークにとって、1日はこの先長く続くであろう人生の1日でしかない。季節は、これから何回も巡ってくるであろう季節の1回でしかないっていう、ある種の冷静さと現実味が、ナレーションのようなセリフ部分から感じられた。
平間さんは、「RENT」「La Vie Bohème」「What You Own」などエモーショナルになるところは思いきり爆発するのに、その流れを自ら止めることもできる人で、演じながらカメラの映像を編集しているみたいだなあと思った。

 

ロジャー/甲斐翔真

甲斐翔真さんのロジャーは、正直2020年がどんな風だったか思い出せないぐらい今年が良くて、上書きされました。ごめんな3年前の甲斐ロジャー。
ロジャーって焦りの人だと思ってたんですよね、これまでは。いつエイズが発症するか分からない不安から人生を生き急いでいて、それこそ「tick tick…BOOM!」の「30/90」のように、常に時計の秒針の音が聞こえている人。
一方で今年の甲斐ロジャーは、自分に残された時間の感覚は持ち合わせつつ、その時間を幅で捉えようとはしないで、終わりの一点だけを強くイメージしているように見えた。自分の心臓が止まる、時が止まるまさにそのときに、自分は何を残せているだろうか。そういうものの見方が表れていたのが「One Song Glory」だと思う。この曲、めっっっっちゃくちゃ丁寧に歌っていて、フレーズごとに込められた感情の重みに圧倒された。
「このギターで真実を燃やせ 永遠に」の和訳が詩的で大好きなんだけど、甲斐ロジャーが歌う「永遠に」は「ずっと残れ俺の歌!」って歌に重きを置いた決意じゃなく、「歌が永遠に残っても俺はいつか死ぬ」の意味で、自分がいない世界の方に着目しているように感じられた。最後の「時は止まる」も、ロジャーの命の時計が止まったイメージが表情や声から明確で、ぽつんとした寂しさが漂っていて良かった。甲斐ロジャーは死をとても身近なところに置いているんだと思った。

甲斐翔真さんの情報量の多い無言の芝居が大好きだから、「Will I?」や、「Goodbye Love」でブチギレる前のシーンは毎回食い入るように見ていた。無言だけど心はぐるぐる動いてるシーンって無意識のうちに自分の頭の中で感情の声をアフレコしちゃうんですよ…しちゃいません…?じわっと染み出してくる感情や一瞬で湧き上がる感情、ひとつひとつの繊細な表現にめちゃくちゃ引き込まれた。
セリフのないシーンで人物の感情を読み取る最大のヒントは表情だけど、個人的には呼吸にもかなり注目して見ている。吸って吐くっていう無意識でもできる当たり前のことであると同時に、やらないと死んでしまう、命に直結した活動でもある。甲斐翔真さんの芝居を見ていて、いつもと違う呼吸はその人物の命にガソリンが与えられて「動くぞ…!」と準備してる段階なのだなと考えるようになった。デコルテや首のあたりに注目すると結構分かりやすいと思います。
「Will I?」だと、ずっと下手袖側を向いていたのが客席側に顔を向ける瞬間や、ジャケットを手にして最後に逡巡する瞬間に大きく深く呼吸しているように見えた。本人は無意識なのかもしれないけれど、感情がバチバチとスパークして、それが行動に繋がったかのような流れが感じられて大好きだった。

Wキャストの組み合わせは、甲斐ロジャーと八木ミミペアが特に好きだった。なんでかっていうと、ここは多分似た者同士だから。同じことに怯えて、同じ距離感で愛を求めて、同じことで傷つく。愛するのも愛されるのも怖い。二人とも、きっと自分のことが嫌いなんじゃないかなあ。でも相手が悲しいと自分も悲しいっていう、鏡合わせのような二人だった。
二人のミミの違いは特に「Another Day」が印象に残っている。遥海ミミは最初から愛の人なので真っすぐロジャーを勇気づけようとしている。八木ミミは、後ろ向きな甲斐ロジャーを見ているのがつらくて、私が必死に生きようとしているのになんであなたはそうなの!?と半分怒って半分悲しんでいる感じがした。過去に踏ん切りがついてる遥海ミミと、過去に引きずられそうなのを必死に振り切る八木ミミだった。
だからこのあとのシーンの甲斐ロジャーも、遥海ミミ回だと素直に背中を押されて部屋から出られたように見えるし、八木ミミ回だと止まっている自分に嫌気がさして我慢できなくなって行動したように見えた。Wキャストの醍醐味~!

 

エンジェル/百名ヒロキ

百名ヒロキくんは、エンジェルってこういうキャラクターだよねってステレオタイプを壊してくれた新しいエンジェルだった。
私の中でエンジェルは、みんなに愛を与え、愛で包んでくれる人だという認識が強い。愛を信じられず向き合えないロジャーたちとは対照的に、コリンズを真っすぐ愛し、みんなを愛す。まさに天使…というより、もっと上の、神様のように完璧な人という印象だった。エンジェルが死んでみんなの関係が壊れていく過程も、神様がいなくなった世界だからバランスがおかしくなって壊れちゃうんだなと思っていた。

ところが百名エンジェルは完璧な神様なんかじゃなく、みんなと同じ人間で、それでいてみんなの手を繋がせてくれる不思議な人だった。華やか、ゴージャス、エレガントよりも、チャーミング、アクティブって言葉が似合う。特別なんだけど親しみやすくて、自然と仲間が集まってくるんだろうなって説得力がある。一緒にいるだけでみんなが癒やされる、まるで暖かな暖炉の炎のよう。
私が初めて見た日の「Today 4 U」は少し固かったんだけど、必死な感じがらしさとして絶妙に作用していて、一発で好きになった。2回目の観劇ではそのたどたどしさを一気に整えてきてて、うわっさすが!!!!とパフォーマンスに対して素直に感動した。でもチャーミングさは失われていなくて、1秒1秒がずーーっと可愛い。みんなが泣きながら歌う「I'll cover you rep.」を、上手のセット上から自分も泣きそうな顔で聴く姿も大好き。観光客の道案内で道を間違えちゃうけど、当初の目的地よりもずっと特別で素敵な場所へ連れて行ってくれそうなエンジェルだった。

 

ベニー/吉田広大

今回の公演で吉田広大くんという役者に惚れ直しました。マジで歌えるし踊れるし芝居もできる…。
「Santa Fe」のホームレスの中にベニー役の役者も混ざってるの今年まで気付かなかった。はしごに上って腕だけで体を支え、歩いているかのように足だけ動かすダンスは何がどうなってるんですかね…?「Contact」で小熊倫さんをリフトする直前の、準備できてるよって目で合図を出して構える瞬間がなんだか超好きだった。

ベニーを敵認識して嫌なヤツと見なすのはすごく簡単なんだけど、吉田くんのベニーは簡単にそうジャッジさせてくれない。本当に半々だったなあと思う。
アパートから締め出しておいて「今夜はお前らと一緒にいたいんだ」と言ってくるベニーを「ハア?どの口が」と非難するのはさ…それはそうなんだけど、吉田ベニーの目の真摯さだったり寂しさが、嫌な気持ち100%で受け止めさせてくれないのよ!ずるい!
一番好きなのは「You’ll See」の「素晴らしいスタジオ 好きなだけ仕事ができるさ」の明確な夢とビジョンを持った目と歌声。ベニーはベニーなりに仕事やアートへの情熱を持っているんだよね。お金を稼ぐことだけが目的ではない。でもスポンサーの顔色もあるし、どうしてもマークたちと対立する構図になっちゃうっていう。ロジャーとマークは納期破っても自分の納得の行くものを作るタイプで(しかも納期延長の交渉しないで破りそう笑)、ベニーは納期を守るために妥協すべきところはするタイプなのかなと想像した。
甲斐ロジャーとのミミをめぐるバチバチなやり取りも大好き。ライフカフェでミミと再会して歌う「君のようないい子がこんなヤツらといるとは」でミミの太ももに手を置くんだけど、それが直前までミミとイチャついていたロジャーと全く同じ行動なんだよね。めちゃくちゃ喧嘩売ってる~~~(そもそも無断で体に触れるなというのはあるが)。甲斐ロジャーもその置かれた手をギロッと睨むんだよねえ…。甲斐ロジャーと吉田ベニーはマジで反りが合わなさそうで良かったです。

 

最後に

物語の一年間という時間軸で人生観の変化が明確に描かれているのは、マークとロジャーだけなんだなと今年ハッと気付きまして(違うだろって思うも人いるかもしれないけど)。コリンズにもエンジェルを失うという大きな出来事があったけれど、その前後で物事の捉え方が大きく変わるタイプの変化ではなかったかなと思う。
マークは一人生き残るだろうけど、仲間と通じ合えた時間があるから「一人じゃない」と思えるようになった。アーティストとして撮りたいものを撮るんだって軸を取り戻した。
ロジャーは外へ出ることができたし、何よりも「命なんてない」と歌っていた彼が「生きよう」と言えるようになった。すっごくシンプルだけど普遍的で、究極で最大のメッセージ。何回見ても、ロジャーが「生きよう」と歌ってくれた瞬間に、心の底からああ良かったと思うことができた。

次回の上演も楽しみです!