from heart beat

観たものについて書いたり書かなかったりします。

「もはやしずか」「関数ドミノ」「ザ・ウェルキン」感想

さて今年の現場まとめでもやるか~と思ってはてブロを開いたんだけど、結構頑張った形跡のある下書きを見つけたのでちゃんと書き上げることにした。ちなみに「もはやしずか」は4月、「関数ドミノ」は5月、「ザ・ウェルキン」は7月の作品でした。いつの話してるんだよってツッコミはなしでお願いします。

 

「もはやしずか」

康二と麻衣は長い期間の不妊に悩んでいる。やがて治療を経て子供を授かるが、出生前診断によって、生まれてくる子供が障がいを持っている可能性を示される。

康二は過去のとある経験から出産に反対するが、その事を知らない麻衣はその反対を押し切り出産を決意し…。

mohayashizuka.jp

あらすじから命の重みがテーマなのかなと想像してたけど、それは良い意味で裏切られ、重ーーいトラウマを抱えた男とその家族の話だった。

というのも、私は将来を考えたときに子どもが隣にいる自分の姿なんか想像できないし、そもそも今の婚姻制度の下では結婚したいとも思っていないので、「夫婦・出生前診断・障害のある子どもの親になる」って倫理的なことはどうでもよかった。
だから、麻衣に「なんで子ども作るのは賛成だったの?」と聞かれた康二が「欲しいとは思うでしょ普通」と返すところはよく分からなかった。自分がどんな価値観で、何を重要視してこの現実世界を生きてるのかが、フィクションを通して改めて浮かび上がるのは楽しい。
トラウマを抱えながら生きていくってどういうことなのか、それは周りに理解してもらわなくちゃいけないのか、そもそもトラウマと向き合って良い結果になるとは限らないよね、みたいな話だと私は受け取った。

傍から見ていると、麻衣と康二の間には「どうしてこの人たち一緒に暮らせるんだろう?」と思わせる魂レベルでの相容れなさが横たわっている。会話をするたびに関係性がギシギシと音を立てて歪んでいく。ソシャゲや出前の他愛ない話をしているときは仲良しカップルに見えなくもないんだけど、本心ではないことを言ったり、相手の出方をうかがって試すようなことをしたりするから空気がピリッとして居心地が悪くなる。気まずい空気が流れるのにセリフが軽妙で、なぜか段々面白おかしくなってきちゃうんだよなあ。加藤拓也マジック…。

康二の作ったCGが事故の風景だったのは、まだ康二は全然トラウマ真っ只中だし、完全に克服できる日はきっと来ないんだろうなと思った。それが良いとか悪いとかではなく。ていうかCGデザイナーの仕事でなかなかうだつが上がらないの、本人は無自覚だけど作るサンプルが全部ああいう事故とか血のイメージを含んでるからじゃないのかな…。 

主演の橋本淳さんが、事務所の後輩・松岡広大くんのラジオで色々話してくれてるので特に舞台を見た人は必聴です。企画段階からあっちゃんさんが関わっていたとのことで、役者がそこまですることもあるのかと驚いた。

audee.jp

これ書くにあたって「悲劇喜劇」で戯曲を読み直したけど、意味わかんねえ〜〜〜コエエ〜〜〜wwwの気持ちがよみがえってきて愉快だった。この文字情報からあの作品が出来上がるの信じられないな…役者って稽古場ってすごいですね。

 

 

イキウメ「関数ドミノ」

金輪総合病院前。見渡しの悪い交差点。
車の運転手は路上に歩行者を発見するが、既に停止できる距離ではない。
しかし車は歩行者の数センチ手前で、まるで透明な壁に衝突するように大破した。
歩行者は無傷。
幸い運転手は軽傷だったが、助手席の同乗者は重傷。
そこで目撃者の一人が、これはある特別な人間「ドミノ」が起こした奇跡であると主張する。
彼の発言は荒唐無稽なものだったが、次第にその考えを裏付けるような出来事が起こり始める。
「ドミノ幻想」
世界はある特定の人間を中心にして回っているとする考え。
その人間の願ったことは必ず叶う。
願った瞬間にドミノが倒れ、結果に向かって進んでいく。
周囲はそれに合わせて調整される。
また、ドミノは思いの強さに比例し、スピードを上げる。
最も速いものは「ドミノ一個」と呼ばれ、願った瞬間に結果が現れる。
それは俗に「奇跡」と呼ばれる。
ドミノの力は期間限定である。
ランダムに移っていき、誰に備わっているのか判定することは難しい。
当然本人にも自覚は無い。

www.ikiume.jp

俯瞰的に見ると、作品を構成する要素が精密機械によって寸分の狂いなく緻密に組み立てられてる。でも近づいてよーく見ると、血が通ったすごく人間くさい作品なのだと気付いて、この二面性がめちゃめちゃ面白かった。

イキウメは2017年の「散歩する侵略者」からほとんど見ていて、どの作品も良い!と思えるものたちだったけど、この「関数ドミノ」は「おもしれーーーー!!!!」度合いが抜群だったように思う。切れ味が半端じゃない。
安井さんの語り口、浜田さんの人間味のある異質さ(いつもは宇宙人や人外の異質さ)、盛さんの一本筋の通った実直さ、森下さんの純朴さから変異する狂気、(珍しく無害な役どころだった)人衛くんのリズム感。これでもかってぐらい個性的な役者たちなのに、生産地は同じなのが分かるんだよなあ。客演の方々も素晴らしかった。難解なパズルのピースが一手のミスもなく正しい位置にはまっていく気持ちの良さ!イキウメという劇団の一番おいしいところをいただいてしまった。

ドミノ幻想について熱弁する中で、真壁が「世の中のほとんどの人間はこの"真実"に気付いていない」って趣旨の言葉を吐くんだけど、時勢柄もあり陰謀論者に見えてゾッとした。
あれだけ他人を見下し"論破"しまくっていた真壁が、自分自身がドミノだったのでは?という推測を簡単に受け入れるのは、きっと彼が自分の人生に納得できる理由を求め続けていたからなのだと思った。全てが願ったとおりになる力が欲しかったはずなのに、「どうせドミノのあいつに邪魔されるんだ」「自分はドミノじゃないから無理だ」と、無意識に自分にストッパーをかけていた。ドミノはそれに敏感に反応して、真壁の望みは何も叶わなかったという盛大な皮肉…。
真壁の「皆さんは、間違えないでください」という最後のセリフ。出来事の理由を環境や他者に求めすぎていた真壁が、自分の内面に目を向けたからこそ出てきたんだと思う。恐らくもうドミノでなくなってしまった真壁が発するのが、いつもの捻くれた言葉ではなく誰かの曇りを晴らすものであることに希望を感じた。

 

 

「ザ・ウェルキン」

1759年、英国の東部サフォークの田舎町。
人々が75年に一度天空に舞い戻ってくるという彗星を待ちわびる中、
一人の少女サリー(大原櫻子)が殺人罪で絞首刑を宣告される。
しかし、彼女は妊娠を主張。妊娠している罪人は死刑だけは免れることができるのだ。
その真偽を判定するため、妊娠経験のある12人の女性たちが陪審員として集められた。
これまで21人の出産を経験した者、流産ばかりで子供がいない者、早く結論を出して家事に戻りたい者、生死を決める審議への参加に戸惑う者など、その顔ぶれはさまざま。
その中に、なんとかサリーに公正な扱いを受けさせようと心を砕く助産婦エリザベス(吉田羊)の姿があった。
サリーは本当に妊娠しているのか? それとも死刑から逃れようと嘘をついているのか?
なぜエリザベスは、殺人犯サリーを助けようとしているのか…。
法廷の外では、血に飢えた暴徒が処刑を求める雄叫びを上げ、そして…。

www.siscompany.com

チャイメリカ」「チルドレン」のルーシー・カークウッドと加藤拓也、これは見るしか!ということで楽しみにしていた作品。裏切らない良さだった。今年はストレートプレイが豊作だ~。

1幕に、招集された女性たちが聖書に片手を置き、次々に「〇〇の妻です。夫の〇〇はこんな仕事をしています」「子どもは何人います」と自己紹介する陪審員選任のシーンがある。ここに強烈な違和感があって、女性たちは自分が何者なのか、夫や子どもといった他者の情報でしか説明する術がないんだなと胸が痛くなった。物語が進むにつれて12人それぞれの個性が分かってくるからなおさら。

性格やバックグラウンドの違いもあってサリーが妊娠しているかどうかの議論は過熱していくんだけど、結局は助産師であるエリザベスの言葉も信じられず、男性医師の診断によって「妊娠を認める」に意見が一致するのはやるせなかった。

その後に12人全員で歌を歌うシーンがあるんですね。過去8年で12回の流産を経験したヘレンが、人殺しのサリーは妊娠できたのになぜ自分は授かれないんだ、不公平だと泣き崩れる。そんなヘレンに寄り添い、一人が歌い始め段々歌声が増えていく(後で知ったけどケイト・ブッシュの「Running up That Hill」という曲だった)。「できるなら 神様と取引する 彼と私を入れ替えて」って歌詞が状況にぴったりで泣けてしまった。
作品内の時代背景だと、女性の人生は「結婚して子ども生んで専業主婦」って道筋でほぼ決まっていたんだと思う。そして今この現代、結婚・妊娠・仕事と大きな人生の分岐点が少なくとも3つある。それぞれの選択が違っても、個人的な不理解や恨みがあっても、女たちが手を繋いで励まし合えるときは必ず来るというメッセージに思えた。連帯の歌だった。だから、このシーンのあとにすべてをぶっ壊す暴力が権力によって振るわれる展開は一層ショッキングだった。

大原櫻子ちゃんの気合の入った芝居にしびれました。終盤、峯村リエさん演じるエマのがカギになるんだけど、それまで何かとキツく優しくないキャラクターだった彼女に、ある種の優しさや正義感が見える立ち居振る舞いですごく良かった。