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モダンスイマーズ「だからビリーは東京で」感想

2019年「ビューティフルワールド」ぶりの劇団公演ということで楽しみにしてました。めちゃめちゃ満足、超良かった。ネタバレあり感想です。

www.modernswimmers.com

 

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あらすじ

2017年夏に見たミュージカル「ビリー・エリオット」をきっかけに役者を志した大学生の石田凛太郎が、傾きかけの劇団、ヨルノハテの入団オーディションを受ける場面から始まる。演技審査などもなくあっさり合格し、新作の稽古にやる気満々で参加する凛太郎。しかしヨルノハテの作演・能見の描く世界観はぶっ飛んでいて、脚本を読んだ他の劇団員(住吉・長井・山路・久保)からは不満の声が上がる。挙句の果てに泣き出すメンバーも出たり、能見自身も話の続きが書けず土下座して暴れたりするが、なんだかんだヨルノハテには青春っぽい雰囲気が漂う。
凛太郎は一年に一度、飲食店を営む父親に会いに行っている。父親はアルコール依存症の治療中で、凛太郎の母とは一緒に暮らしていないらしい。
よく分からない作品の稽古が進む中、住吉が今回の公演に出られないと言い始める。以前オーディションを受けた事務所から声を掛けられ、その事務所がヨルノハテでの活動を良く思っていないという。突然の出来事に荒れる劇団員たち。公演は結局延期になり、やがて2020年春「不要不急の時代」がやって来る。

 

ざっくりした感想

コロナ禍を描いた作品はいくつか見てきたけど、こんなにわざとらしくなく軽快で、でも同時に現実もしっかり感じさせられたのは初めてだった。
「ビリー」の炭鉱と、鳴かず飛ばずの劇団、それにコロナ禍っていう3つの環境の閉塞感が、どれかが強く押し出されるわけじゃなく混ざり合っていたので、大げさすぎる「コロナ禍の話」になっていなかったのが逆に良かったと思った。

演劇の世界に飛び込んだ凛太郎は、物語が進むにつれてビリーとはどんどんかけ離れていく。
ウィルキンソン先生という素晴らしい指導者に出会うビリー、世界観強すぎな売れない劇団に入った凛太郎。バレエの才能があったビリー、(恐らく)芝居の才能はなさそうな凛太郎。自分のダンスで父親を変えたビリー、父親はクズなままの凛太郎。
一作品も見たことない劇団に半ば勢いで入ったんだから、まあそうなるよねなんだけど、つらい。でも、凛太郎があまりに一生懸命に稽古するし、「セリフ掴んだかもしれません!」ってキラキラした瞳で言うもんだから、こっちも「ああ~楽しそうでいいね」って気持ちにもなる。人間の愚かさと、愚かゆえのおかしみを書くのが残酷なほど上手い蓬莱竜太…。

凛太郎が何度も口にするセリフ「助けてください!僕はこんなところに居たくないんです!僕はきっとどこかにたどり着きたいはずなんです!ここはその途中の場所のはずなんです!」。元々は能見が書いた意味不明な脚本内の言葉なんだけど、コロナが拡大してからの場面で凛太郎がこのセリフを言うと、重みが全く違う。自分の力ではどうにもならない渦に飲み込まれて、ギリギリ溺れないようにもがくことしができない若者の言葉。
それに、凛太郎自身の家族に対するままならなさとか、若者が未来に抱く不安みたいな、コロナだけじゃないいろんな対象へのモヤモヤと、まだ生きているからこその諦められなさを内包した言葉で、このシーンたちはすごく印象に残った。

最後、この作品自体が、能見が書いた「劇団ヨルノハテの物語」であることが明かされて、冒頭の凛太郎のオーディションのシーンに戻るんですね。同じやり取りの繰り返しなのに、「ビリー・エリオットのどういうところが良かったんですか?」の問いに答える凛太郎の表情が、最初と最後で全く違う。このシーン全てがめちゃめちゃ良かった…。最初で最後の、ヨルノハテでの公演のラスト。もしかしたら自分の人生で最後かもしれない公演。演劇をやる楽しさを知ってから語る「ビリー」の魅力。「ビリーの頑張り、姿勢にブワッときた」のに、自分は結局ここで何をしてきたんだろうって気持ちもあったかもしれない。そういう、いろんな気持ちが混ざった涙が凛太郎の目から流れていて、ここは私もちょっと泣けてしまった。

これを書きながら気づいたんだけど、「ビリー・エリオット」の公演ホームページトップにあるコピーが「このミュージカルは、人生を変える」なんですよ。思わず「うわ~~、、、」って声が出てしまった。だって「ビリー・エリオット」が凛太郎の人生を変えて、そんな凛太郎の人生を切り取った作品を私は見て、この観劇体験は確実に私に影響を与えている。その流れを強く強く感じた。現実とフィクション両方から生まれた波紋がぶつかる狭間に巻き込まれたみたいな、不思議な気持ちになった。

horipro-stage.jp

 

あと「お年玉企画」として、開幕から5公演の来場者に、「だからビリーは東京で」の戯曲と、人形劇ムービー「しがらみ紋次郎」の映像・絵コンテがダウンロードできるQRコードとパスワードが書かれた紙を配布してくれました。なんて太っ腹なの!戯曲には、公演では採用されていない幻の別パターンのラストも書かれてたけど、私は上演パターンの方が好きです。別パターン、能見の世界観が強すぎると思う。

 

登場人物について思ったこと

・石田凛太郎/名村辰

「ビリー」を見て、ぐわーっと熱いものがこみ上げて居ても立っても居られなくなっちゃう経験にはとても共感した。ポジティブなエネルギーをもらうと同時に、現実の厳しさに立ち止まって打ちのめされる気持ちも。

凛太郎が「Electricity」を歌うところは、ビリーにとってのバレエが凛太郎にとっての演劇なんだっていうのがめちゃめちゃに伝わってきてとても良いシーンだった。歌はぐちゃぐちゃなんだけど、歌わずにはいられないというかここでこの曲を歌う必然性があった。ちなみに日本語歌詞は高橋亜子さんのと同じでした。

2017年の「ビリー」は行けなくなった知人から譲ってもらったチケットで見に行ったと言ってたけど、2020年の再演は見に行けたのかな。S席14,000円、A席10,000円のチケットを、ウーバー配達員(あまり稼げてなさそう)の凛太郎くんは買えたのかなと、コロナ禍の貧困を考えてしまった。ちなみに保管してあるチケットを確認したら2017年公演のS席は13,500円でした。値上がり(死)。
あと、配達中に凛太郎くんが事故に遭うんだけど、ウーバー配達員って労災や雇用保険の対象にならないとのニュースを以前読んだことがあるので、治療費とか相手の車の修理費とかどうするんだろうって意味でも心配になった。いろんな人がいろんな傷つき方をしてきた2年間なんだな改めて感じてしまった。

 

・住吉加恵/生越千晴(ヨルノハテの劇団員。韓国人の彼氏がいる)

能見の書いてきた意味不明な脚本に「私が見たときみたいな作品に戻ったらいいんじゃないですか!?」って言ってたから、元は純粋にヨルノハテが好きで入団したんだよな…。なんとも言えない気持ちになる。さっさと見切りつけて退団すればいいのにそうしない、できないのは、一度は惹かれた劇団だからそんな簡単には捨てられないってのもあるし、なんだかんだ居心地が良くて動きたくないからだろうなあ。

 

・能見洋一/津村知与支(座付きの作演出家)

何を書いたらいいのか分からなかった能見が最後に選んだテーマが「自分たちについての物語」で、しかも最後まで書ききって形にできたことは、能見にとってひとつ突き抜けたというか、きっと救いになったんだと思う。劇団ヨルノハテがなくなっても、何かしらの形で脚本は書き続けていくんじゃないかなあ。
演劇を続けている理由を聞かれて、「これ(演劇)でしか自分を褒められない」と答えるんですよ。"他人から"褒められないんじゃなく"自分を"褒められないって自覚してるところは好きだった。あと、凛太郎が一度も舞台に立てずに劇団が解散しそうになったとき、「(凛太郎に)演劇を知ってほしい」と絞り出すように言ったのもすごく良かった。演技経験のない凛太郎が、自分の脚本に真っすぐぶつかってきてくれるのが嬉しかったんじゃないかなあ。

前から思ってたけど、津村さんと蓬莱さん雰囲気が似てませんか?劇作家の役だと一層蓬莱さん本人にしか見えなくて、「書けない!」って大暴れして慰めてもらってる場面が面白すぎた。

 

・長井進/古山憲太郎(ヨルノハテの劇団員。山路真美子と十数年同棲中。家庭教師のバイトをしている)

悪人ではないんだけど、結果としてどうしようもなくムカつくこの人。稽古や話し合いの場面では居るのか居ないのか分からないような存在で、あいまいな笑みを浮かべて乗り切るタイプ。
ところがコロナ拡大と共にリモートでの家庭教師の仕事が急増して、収入も数倍になり、仕事に生きがいを見出してしまう。コロナ禍での劇団での活動をどうするかって話になったときの、「受験生受け持ってる責任があるから…俺が倒れるわけにはいかないのよ」って発言、理屈はマトモなんだけどこれまでのフワッとした長井を思うとなぜかムカつくんですよね(笑)。劇団を辞め、山路との同棲も解消しますって言い出して「けじめだから!」と突然お金をばらまくの本当に面白かったけど本当にムカついた。そういうことじゃねえんだよ。大真面目な顔した古山さんの芝居も絶妙だったな~。でも、長井みたいにコロナがきっかけで人生が違う方向に転がりだした人もきっといるんだろうね。

 

・山路真美子/伊藤沙保(ヨルノハテの劇団員。長井進と同棲中。久保乃莉美とは小さい頃からの幼馴染)
・久保乃莉美/成田亜佑美(ヨルノハテの劇団員。山路真美子とは小さい頃からの幼馴染)

この二人は関係が濃すぎるのでまとめて書く。

小さい頃から家が隣同士で誕生日も近くて「マミノリ」コンビと呼ばれていた二人。劇中、それぞれの独白の形で乃莉美が真美子をどう思っているか、真美子が乃莉美をどう思っているかが明かされるんだけど、その内容がお互いで真逆なんですよ。
例えば、小さい頃各々の母親と4人でファミレスに行ったとき、乃莉美目線だと、先にラザニアに決めたのは乃莉美なのに、真美子がゴネたせいで結局乃莉美はメニューを変えざるを得なかった。これが真美子目線だと「私が先にラザニアにしないと乃莉美はメニューを決められなかった」になる。この件については、どちらが本当のことを言ってるのか分からないんですけどね。

乃莉美はいつも真美子に振り回されて、何をするにも先に真美子に取られて、結果「マミノリ」と同じ順で乃莉美が後からついていく形になってしまう。
真美子はそもそも何でも自分で決めたがるタイプ。自分が優柔不断な乃莉美の「面倒を見て引っ張ってあげてる」と思ってる。おまけに乃莉美は長井のことが好きなのに、真美子は長井と同棲している。

この…なんて言うのかな…友情じゃなくて徹底的に女性のすれ違いを描く目線が、蓬莱さん底意地が悪いなあと思ってしまった。コロナ禍の孤独感や断絶がきっかけで二人のすれ違いが明るみに出るっていう展開だから余計に。フィクション世界の女性みんなが助け合う必要があるとは思わないけど、二人のズレを面白がる視線を感じてしまって、意地悪だなあと思った。モダンは男性の劇団員が多いから、ゲストを数人入れるとしても本公演だと女性の友情や協力を描きにくいのかな。私が見たこれまでの作品でもそうだった気がする、気がするだけだから違うかも。

 

・石田恒久/西條義将(凛太郎の父)

ず~~っと本当~~~~に嫌だった。凛太郎と父親のシーンになる度に気持ちが沈んだ。ずっと最低で最悪だった。アルコール依存症モラハラDVのコンボ。発言内容だけじゃなく、言い回しとか声の大きさに嫌悪感しかなくて、すり鉢に放り込まれた心がすりこ木でじゃりじゃり潰されていくような気持ちになった。西條さんこういう芝居上手すぎ。
あと、出てこないけど凛太郎の母親にもイラついた。純粋に疑問なんだけど、こんな男となぜ離婚しない…?凛太郎を定期的に恒久の元へ行かせ、自分の代わりに様子を確認させてるってどういうことよ、息子を犠牲にするな。凛太郎、両親と適度な距離をとって生きていってほしい。

 

チケット情報

1/30(日)まで公演は続いて、後半日程の席は結構残っているそうなのでチケットのリンク貼らせてください。一般3,000円だよ!安い!平日ソワレ18時30分開演。

自由席で、開演30分前集合の整理番号順の入場です。会場は芸劇シアターイーストだけど、全列に段差がある座席のセッティングになってるので、整理番号の入場に間に合わなくてもある程度見やすい席には座れると思います。

感染者がごりごり増えてきてる状況だけど、いろいろ事情が大丈夫で、もし興味あればぜひ見てほしいです。

ぴあ:

https://t.pia.jp/pia/ticketInformation.do?eventCd=2133466&rlsCd=001&lotRlsCd=

カンフェティ:

https://www.confetti-web.com/detail.php?tid=64188&

 

最後に、私が見た2017年「ビリー・エリオット」のキャスボを。凛太郎はどのビリーで見たんだろう。

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